金沢貞顕書状

真乗院(顕助)留守への文箱    二合進之候、慥可被付遣候、  追申
   姫宮御事は、八月十六日御かくれにて
   候なるか、十月廿二日に御所(守邦親王)へもきこえて候、
   御跡に謀書をかまへ出し候はむと、鎌倉
   へも御雑掌に申合候なとし候ほとに、
   かくされて候と覚候、広橋法眼は敵人
   にて候か、申候は八月十三日の御かくれと
   承候、嵯峨尺迦堂(山城国)の近辺に候尼
   寺に多年御入寺、《比》丘尼にて御わたり
   候之間、御子孫あるへからす候、大方(北条高時)も御

金沢貞顕書状(詳細)

金文番号
344
和暦年月日
(鎌倉後期月日未詳)
成立
鎌倉時代後期
員数
1通
形状
竪紙(礼紙)
料紙
楮紙
法量 縦x横
縦33 x 横52
紙数
1紙
紙背
『一結〈灌頂甲〉酉院流』第1紙(表紙、熈允自筆)
付加情報
金沢貞顕自筆。
整理番号
641
遺文
鎌30937
神奈川県史
2842
最終更新日
2020-01-12